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広島高等裁判所 昭和36年(く)18号 決定

少年 M(昭一八・一・一〇生)

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

本件各抗告の趣意は記録編綴の少年名義の抗告申立書、その法定代理人名義の抗告状記載のとおりであつて、その要旨は、少年本人の分は、(一)少年院仮退院後少年は真面目に働き非行をしたことはなく、(二)規則違反の点は十分反省し、再びこのようなことはしないから更生のために家庭に帰して貰いたい、といい、法定代理人の分は、なによりも少年は身体虚弱であつて、親のもとで保養させたいから原決定の取消を求める、というにある。

そこで記録ならびに少年調査記録によつて検討するに、原審判の認定とそれに基づく判断とは、すべて相当として首肯することができるのであつて、ことに本件少年は昭和三四年一〇月当時精神分裂病及び精神薄弱と診断され、その頃数回の窃盗の非行のため医療少年院に送致されたこと、最近また精神分裂病の傾向を示し、異常粗暴の振舞もあること、少年の家庭は実母が既に死亡し、後妻を最近迎えた実父において少年の在宅保護を希望しているとはいえ、諸般の状況からしてその監護能力に不安があり今直ちに少年を帰せばむしろ事態は悪化する懸念があること等にかんがみると、原審判の指摘するとおり、本件少年の遵守事項違反の事実と相俟つて少年を医療少年院に戻して収容するのが相当な処遇であるといわねばならない。少年本人が切に親もとに帰りたがつている心情については、同情を禁じ得ぬものがあるとはいえ、記録にあらわれた諸事情からすれば、少年のためにも、家庭のためにも、施設において矯正、治療に専念させ、一日も早く正常な心神の状態に復させるよう配慮するのが至当と考えられる。記録を精査してみても、原決定に誤りは見出されず、その結論は正当であつて、本件各抗告は理由がない。

よつて少年法第三三条第一項、少年審判規則第五〇条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 村木友市 判事 牛尾守三 判事 熊佐義里)

参考

原審決定(山口家裁 昭三六(少ハ)九号 昭三六・八・一九決定)

主文

少年をこの決定のあつた日から満二〇歳に達する日まで医療少年院に戻して収容する。

理由

戻し収容申請理由

昭和三六年八月八日付中国地方更生保護委員会の戻し収容申請理由の要旨は、少年は昭和三五年一一月一五日広島少年院を仮退院となり、同日肩書地住居実父足○数○の許に帰住し、同月一七日山口保護観察所に出頭して仮退院中遵守すべき一般遵守事項及び本少年のため特に定めた特別遵守事項として

一、山口県徳山市○○町小○方足○数○の許に帰住すること。

二、昭和三五年一一月一六日までに山口保護観察所の保護観察下に入ること。

三、いやなことがあつても我慢して辛抱すること。

四、父となかよくして素直にくらすこと。

五、仕事についたならば、一生懸命に働くこと。

六、保護司先生の言い付けを守ること。

等の説示を受け、自らも充分これを承知していたにも拘らず、昭和三六年七月三一日山口保護観察所に引致されるまでの少年の行動を見ると、

一、昭和三六年二月二〇日頃担当保護司に無断で一家を挙げて倉敷市○○町新○鉄工所日○寮に転居し、父は仕上工、少年は仕上見習工として就職、日給三五〇円を得ていたが、勤労意欲なく給料を貰えば五、六日で全額費消し、更に父に少遣銭を強要し、拒否すれば寮を飛出し仕事を休む等我儘な生活を送つていた。

二、同年六月四日少年は新○鉄工所を無断で退職し帰省した。六月八日頃父の知人二○鉄○が塗装工として一人前にしてやるとのことで名古屋の西○工業所に塗装見習工として連れて行つたが、六月二八日頃仕事を嫌つて帰宅した。

三、その後就職しようとせず、昼間は家庭でゴロゴロし、夜になると中学校当時の同級生と△△駅前附近を徘徊し、外泊したり、夜半帰宅することしばしば、また父より就職せよと云われたことに立腹して、家財道具を手当り次第に投げつけ、衣類を引き裂く等の乱暴をなし、父に暴言を吐いて父を恐怖せしめた。

四、七月一九日山口保護観察所の呼出しに応じなかつた。

上記行為と犯罪者予防更生法第三四条第二項第一号第二号、及び同法第三一条第三項の規定により定めた前記特別遵守事項(3)、(4)、(5)に違反する行為をなしたもので、自立更生への意欲は認められず、更に少年に対し充分反省の機会を与えるため矯正教育が必要と思料し同法第四三条第一項第二項の規定により本申請をなしたというにある。

戻し収容の当否

よつて審理するに、少年の山口保護観察所保護観察官安井大承に対する供述調書、保護観察官安井大承作成にかかる調査報告書、医師高松茂作成にかかる少年の診断結果に関する意見書、調査官河合政長及び法務技官宮崎久生の各調査報告書及び意見並びに審判の結果を綜合すれば、前記申請理由該当事実があつたことが認められる。なお少年の供述するところでは少年の父が少年に対して仕事をする様に忠告した時に少年は「表に出ろ、殺してやる」等の暴言を吐いたが、それは冗談のつもりで言つただけで、また昭和三六年七月一九日保護観察所から呼出状が来て出頭する際には少年の父母(母は父の後妻)と共に△△駅迄行つたが、父に対して「新聞を買つて来い」と云つたが父が知らぬ顔をしていたので立腹して観察所に行かずに帰宅したというのであるが、それはそれとして少年の言い分通りであるとしてもこれらの行動及び昼間は自宅でゴロゴロしており夜になると△△駅附近を徘徊し深夜帰宅する等の不規則な生活、或は駅で外泊したりする様な異常な生活態度を考え合わせると、医師の診断結果に見られる通り、単純型精神分裂病過程にあるものと認められる。

少年の性格、病状の詳細については法務技官宮崎久生、医師高松茂の各鑑別結果、診断結果をここに引用する。なお、少年の家庭環境については四畳半一間の間借り生活で父は少年に相談なしに後妻○崎○子を迎えて同居しており、少年と保護者との間には融和感があるとはいい得ず、また少年の性格病状等から考えて保護者に指導保護能力が充分とはいい得ない。少年の父は今一度少年を自宅で引き取り、少年の希望するトラック助手などに就職させる意思があるけれども、少年の偏つた性格、就労意欲の欠陥などから考えて到底不可能と考えられ、加えてこの儘少年を放置するときは少年の近親者及び他人に対して危害を加えたり或はその他の非行を繰り返す虞は極めて大きいものといわねばならない。従つて、何よりもまず少年の精神分裂病の治療に専念させることが緊要であり、自宅において治療させることは如上の家庭環境からみて不相当であり、少年の仮退院中の遵守事項違反事実と相俟つて少年を医療少年院に戻して収容することが相当で、その期間は少年が満二〇歳に達するまでの間が適当と認める。よつて、本件申請は理申があるので、犯罪者予防更生法第四三条第一項、第三一条第三項、少年審判規則第五五条、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条第一項第五項、第一一条第三項を適用して主文のとおり決定する。

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